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共存と尊皇と攘夷と

 先日、最終回が放映されたNHKの「龍馬伝」、暗殺シーンに重なった開票速報のテロップに苦情が殺到したようですが、そんなことより、筆者がたまたま、このドラマを数回見たなかで印象に残ったことを二つ書きます。ひとつはNHKらしく史実に出てこない人物を描くなど相変わらず捏造をしているなということ。これは詳しく書く必要はないでしょう。
 もう一つは、尊皇という要素が出てこないということです。幕末の志士達を描けば必然的に尊皇という思想が表に出てくるはずです。龍馬を描く場合も例外ではないでしょう。ですが、意図してか触れられていないように思います。

 これと併せて、先日の式典での民主党「ベテラン議員」の秋篠宮殿下への暴言を見ると民主党と反日マスコミとに共通して、皇室軽視の姿勢が伺えます。いずれも日本の歴史の不勉強から来るものですが、このような議員は即刻議員辞職するべきですし、そうしなければならないような空気を創っていかなければなりません。皇室の弥栄がそのまま日本の繁栄であり、皇室への敬意は日本国民への敬意であり、自らの矜持であることが自然に理解出来ないような人間は国会議員として不適格と言わざるを得ないでしょう。

 ところで、デモや集会で「尊皇攘夷」と書かれたプラカードを目にすることがありますが、筆者はこれには違和感を感じます。尊皇は当然ですから言葉に出すまでもない。では攘夷は今の日本に相応しい言葉なのか。日本が世界経済と国際社会と切り離されて生きていくことは最早出来ません。攘夷という言葉から受ける印象は「排他」でしょう。外国人参政権への動きへの反発として使われている方がいらっしゃるのだと思いますが、外国人参政権の問題は排他主義とは全く違う、主権に関わる問題です。

 今、日本が考えなければならないのは「護国」ということでしょう。尖閣で起きているような直接的な侵略の排除はもちろんです。それだけでなく、日本に協力者を作ることによって、密かに進みつつある、この国に悪意を持った国による「人口侵略」の恐ろしさを良く知り、それに対し知恵をつかって対抗していかなければなりません。

 そのとき、第一に排斥しなければならないのは「異人」ではなく、日本人でありながら侵略に手を貸す「買弁」達なのではないでしょうか。

倒閣!

 本当に久しぶりの更新となりました。そこでこんなことを書かなくてはならないのが何とも情けない。

 民主党政権を出来うる限り早く倒さなければならない。この考えに異論のあるかたは最早少数ではないかと思います。
 筆者も昨年の9月からずっとそう考えて来ました。しかし、初めは即時、解散総選挙になったとき、日本国民は将来に禍根を残さないような選択が果たして出来るのか、正直、疑問に思っていました。

 なにしろ、あの政権をもたらしたのは国民の選択の結果です。鳩山政権で相当にボロがでても、政治と金の問題さえかたづけば民主党も良くなるのではなどど、寝惚けたことをいう年配の方が沢山いらっしゃるような体たらく。しかも、数において民主党にとって代る政権の中心とならざるを得ない自民党に野党になった自覚がなく、谷垣などという人物を総裁に据えてしまっている状態です。そのうえ、保守系新党が乱立している状態で、総選挙をしたら、少なくとも民主政権よりましになったとしても、望ましい結果は得られないのではないでしょうか?いつになったら政界再編の準備が出来るのでしょうか?それをずっと考え続けて来ました。

 筆者は民主党に離反する同党の議員がある程度出て来た時点で、一気に世論を盛り上げ、それにより政界再編の下地が出来始めた段階が政変のテャンスだと思っていました。
 しかし、その考えは甘かったと言わざるを得ません。民主党の議員は筆者の考えているよりずっと志の低い人間ばかりでした。

 そして、今、政界再編の準備などとはいっていられない程、あの無能政権によって急激に日本の国益が失われようとしています。尖閣が、沖縄が侵略の危機にさらされているのに侵略者たる国の意向を伺い、事実を隠蔽し続ける菅内閣。北朝鮮・韓国で軍事紛争が起きているのに危機管理も出来ない、いざとなったとき韓国に居る邦人を救出する準備すらしようとしないあの内閣は最早日本に害悪をなすものとして、一刻も早く排除しなくてはなりません。

 我々はデモでもなんで出来ることをしなくてはなりません。デモが法的に直接の解散の契機とはならないのは解っています。しかし、世論を喚起しなければなりません。皆さんもぜひ、この動きに加わっていただきたい。そして、自民党保守派、たちあがれ日本や日本創新党や,無所属の保守派議員や候補にぜひ、倒閣へのエールをおくっていただきたいのです。先のことはかんがえていられない、いまや、繰り返しますが、一日も早く民主党政権の息の根を止める行動をしなけれならないときに至って居いす。

 そうお考えの首都圏在住の方、12月1日は12・1 首相官邸包囲 国民大行進 & 菅内閣倒閣宣言!国民大集会です。国会議事堂周辺でお会いしましょう。



落選運動に際して我々が気をつけるべきことは?

twitter ばかり利用していため、大分間が開いてしまいました。

自分のように仕事と連動した使える情報源も広範な知識もない人間は思いついたことをtwitter に短文でつぶやく方が発信方法としては有っているような気もします。
一方、とはいいながら、あまり短くまとめられない話題もあり、連投のような形で長々とつぶやくのも好きではないので、頻度は落ちるかも知れませんがこちらも続けて行きたいと思います。

ここ2週ほどの間に拉致問題関連や「シナ人とは何か」出版記念シンポジウム、秋葉原での外国人参政権、選択的夫婦別姓法案反対デモ・街宣、新宿でもシナの東アジア侵略に講義する日台共闘デモといくつかのイベントに参加しました。

いずれも、動員されたわけでなく、一般の市民が交通費を自分で負担して、それなりの規模の人数が集まっていました。秋葉原の街宣では途中から聴衆に加わった方も結構いたいように思います。

これをもっと広げ、救い難い偏った考え方に染まってしまったひと以外の、出来れば市民とイコールの規模に持って行くの理想なのですが、それに近づけるにはどうするべきかを考えています。

毀日派、反国家の輩は「右翼」という言葉を巧みに使って来たと思います。この言葉から多くの日本人が連想するのは特攻服を着、街宣車で軍歌を大音量で流しながら公道を走る、いわゆる街宣右翼ではないかと思います。

筆者は高校生の頃から、他人に何かを訴えようとするのになぜ、ひとが耳をそむけるような方法を使うのだろう?と不思議に思っていました。

その答えは、訴えたいことと逆のことをひとが嫌がる方法で訴えれば、訴えたいことと逆のことの方が悪いことに聞こえる、ということなのではないでしょうか?

例えば外国人参政権は認めるべきでないということを、大音量の軍歌の合間に異様ないでたちで訴えれば、外国人参政権の付与が正しいことのように聞こえたりする可能性があるということです。

つまり、彼らは保守派の主張を貶める効果を狙った集団ではないのか?

ネットでは街宣右翼の多くは在日朝鮮・韓国人だということがときどき主張されます。検索すると実際に恐喝で逮捕される「右翼」がそのような人間であった事件の記事を探すことは出来ます。しかし、それだけで上記のような主張が正しいとは判断出来ないとも思います。

ただ、いえることは、本当に自分の考えることが正しく、広く伝えるべきだと信じ、且つ常識を身につけている人間は、他人が耳をそむけるような方法でそれを訴えたりはしないということです。

保守派の主張を嫌い、それに脅威を感じている毀日派、反国家の輩は、もともとはフランス革命後の議会で保守派が議長から見て右側に座っていたことからそう呼ばれるようになっただけの、「右翼」という言葉を日本独特の存在である「街宣右翼」と意図的に混同し、保守派を「右翼」と呼ぶことによってそのイメージを貶め、政治に関心の薄い市民から保守派の主張を遠ざけることにある程度成功してきたと思います。

関心を持ち、ものごとをよく考えることの出来る人間は自然に我々の方に集まって来ます。しかし、我々は民主党政権を誕生させてしまったような日本にあって、関心の薄い層を短期間に出来るだけ我々の方を向かせなければなりません。

言いたいことは声を上げなければ、回りのひとには届きません。しかし、声高に主張するだけでも、こちらを振り向かせることは難しい。

千葉景子や輿石東のような反日政治家の落選運動はおおいに盛り上げたいと思いますが、運動の仕方として、口汚くののしるようなやり方は効果が小さいと思います。運動に当たっては、まず、わかりやすく品位を失わない言葉で、対象候補の危険性を訴え、逆に無関心な層の反感をさそうような表現は、シュプレヒコールやビラの文言ではつかわないようガイドを設けることが必要な気がしてなりません。

その際、どのような言葉を使って行けば良いのか考えて行きたいと思っています。

twitter は 2ch を殺すか

今回は twitter に関することを書きたいと思います

筆者は twitter に関しては結構前からアカウントは持ってはいたものの、たまにイベントがあるときにつぶやく程度で、活用しているとは言い難い状態だったのですが、2月2日の日比谷公会堂での国民決起集会に行ったときから少し変わって来ました。

これから、日比谷に向かうとつぶやいたところ、急に筆者をフォローする方が増え始め、その方達を自分もフォローし出すと、加速的にタイムラインに現れるつぶやきが増えました。そして、筆者がつぶやきに興味を持った方のフォローしているアカウントを見ると、そこでも面白そうな方や、これまで知らなかった企業系のアカウントがあることなどもわかり、いまや、空き時間があれば twitter を見ているような状態になっています。国会議員の方が議場からつぶやいたりもするので、中継のないときでも非常にタイムリーに情報が入って来ます。

これまで筆者にとって、twitter は始めの頃にメディアで紹介された通り、文字数制限のあるゆるい SNS、あるいはマイクロブログという認識だったのですが、情報発信・共有のこれまでに無かったフィールドに既になって来ているとの感を強くしています。

既に活用されている方には釈迦に説法でしょうが、筆者がこの短期間に twitter について感じたことを思いつくままに並べてみます。

・人を軸としたコミニュケーションであること
面白いと思ったつぶやきをした人をフォローするという形でコミュニティーが形成されて行きます。ここがテーマありきの従来のSNSやBBSと違うところです。
一定の匿名性は留保されますが、そのひとの過去のつぶやきも見えるため、常に発言者の人格が意識されます。

・特定のテーマというより、方向性によってコミュニティーが形成できる
上記と関連しますが、自分が興味を持った人は、そのつぶやきでテーマにしたこと以外についてつぶやいている場合にも共感できることが多い。そこで違う話題のときの RT(引用)などを見てフォローを増やして行くことにより、自然と交換される情報に幅が出来ます。SNSでは複数のテーマをフォローしなければならないところが、そうしなくても自然に適度な幅で情報が入ってくるところが特徴です。

・情報の拡散が非常に簡単で、かつ早い
単純に引用するだけのつぶやきで情報を拡散出来ます。それがブリッジになって、上記のような形でゆるく形成されたコミュニティーを跨いで加速的に情報がひろがります。

・即時性が高い
もともと文章としての完成度をあまり意識せず、携帯電話やスマートフォンなどから簡単に発信出来るため、伝えるべき情報の発生からのタイムラグが小さく、拡散も早い。
また、イベント会場で、あるいは生中継を見ながら twitter も見ていると、あたかもニコニコ生中継をより生々しく見ているような気になることが有ります。

・フィルタリングをあまり意識しない
玉石混淆の2chでは、特に政治系などについては使える情報が5%にも満たないでしょう。そこでは無用な情報をフィルタリングするのに骨が折れますが、人を軸とするtwitter ではそれをあまり意識することがありません。また、BBSでの「荒し」や「釣り」のような行為は型式上、困難です。
一方、自分達の考えに反対するような声が聞こえにくいという特徴もあります。フォローしている人が批判されている場合、フォローしている人がその批判に RT で言い返したのを見て初めて批判がわかるというようなこともあります。

・国境が無い
簡単な設定で世界中の誰でも始めることが出来ます。基本言語を日本語に設定したとしても日本語でだけつぶやかなくてはならない決まりもありません。タイムラインが日本語と英語、あるいは他の言語のごちゃまぜであっても困ることはありません。

では、twitter は日本で2chに代わるような存在になるでしょうか?
筆者はいまのところ、直接に2chを置き換えたり、補完するようなものでは無いと考えています。一言でいえば、次元が違うもの、ということでしょうか。
ただ、twitter の普及によって2chをこれから始める人の数はある程度、抑制されるのではないかとも思っています。

twitter は、ただ、つぶやく場が提供されているだけで、ユーザー側がそれを自分の側で自分なりのコミュニティーにしていくという特徴を持っています。ここにインターネット黎明期の混沌としながら、わくわくとするような期待があった頃の既視感を覚えている方も少なく無いと思います。

twitter が大手ポータルの買収のオファーを受けていたとも聞きますが、自主性を持ち続けてくれたことに感謝したいと思います。

日本の帰化手続きは本当に厳格か?

外国人参政権は絶対に認めるべきではありません。参政権、つまり、投票や公務員のリコールの権利は日本の国籍を持っている者のみが持つべきですが、では帰化してもらえば問題はなくなるでしょうか?

外国人に参政権を認めない代わりに帰化手続きを簡略化するべきだという意見があります。一見、もっともな意見に見えますが、よく考えてみて頂きたいと思います。

簡略化するべきといいますが、そうしなくてはならない程、現在の手続きは煩雑でしょうか?国籍を変えるということがどういうことか、理解した上の意見でしょうか?

諸外国の帰化手続きと比べ、我が国に欠けているものがあります。その最も大きいものは希望者に国防の義務の確認をさせることです。これは日本の憲法に国防の義務が明記されていないこと、日本に徴兵制度が無くなっていることからそうなってしまっているという側面があるのですが、場合によっては生命を危険にさらしても国を護る覚悟を問うのは国家と運命を共にする国民となる過程で必然といえると思います。

少なくとも、審査の過程で国旗に向かって国歌を声を出して歌い、忠誠を誓うということ位は義務付けられるべきではないでしょうか。

身元確認も法に裏付けられた厳格な方法で行われべきです。日本にはスパイ防止法が無いため、これも現状では心許ないといわざるを得ません。

参政権は与えない、帰化条件は厳しくしろでは、排外主義的に聞こえるかもしれません。しかし、決してそんなことはありません。むしろ、世界の常識からいえば日本の帰化条件はゆる過ぎるというべきでしょう。

在日韓国人を多く抱えているという固有の問題はありますが、それとて、強制連行してきた人々ではありません。大東亜戦争末期に徴発ということは行われましたが、日本は戦後、帰国事業を行い、希望者は全員、日本の国費で国に帰っています。日本に残った彼らは日本が朝鮮半島を領有して来た歴史のなかで必然的に本土に職を求め日本に根を下ろして来た人々というべきです。野中広務などの言っていることは欺瞞です。

一方、日本は周辺に日本に敵対する国を抱え、その国の国民が多く国内に流入しています。

日本と運命を共にする覚悟を問わないような帰化手続きは、反日的日本人を量産することになりかねません。

外国人参政権推進派や朝日新聞を始めとする反日マスコミは外国の事例の都合の悪いところは目立たないように伝え、その付与が世界の趨勢であり、日本はそれに従わなければ孤立するというような印象操作をします。

しかし、何でもそっくり真似すればいいというものではありません。日本のおかれた実情を国際的視野で見れば、外国人参政権は不可、帰化手続きは厳格化するということは寧ろ、当然のことなのです。

先日の日比谷公会堂での決起集会でも、ジャーナリストの大高未貴さんが、台湾の李登輝元総統の日本の外国人参政権への動きについてのコメントを伝えています。それはただ、「馬鹿だ。」というものでした。

国民にことのことを理解させることこそ、国際的に通用する人材を育てることになるのではないでしょうか。

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